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エンプレス・オブ・ロシア

「Empress of Russia」 Canadian Pacific

カナディアン パシフィック汽船の客船「エンプレス・オブ・ロシア」の荷物ラベル。これはルームナンバーを書く欄があるので、船室へ運ぶ荷物用のようだ。
「エンプレス・オブ・ロシア」も「エンプレス・オブ・ジャパン」と同様に、戦前カナダのバンクーバーから横浜や神戸を経由して香港へ行く北太平洋航路の定期客船だった。上陸地が「~e Japan」とあるので、おそらく中国方面から神戸へ帰る時に乗ったものと思われる。


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遼東ホテル

「The Ryoto Hotel」 大連

中国の大連にあるホテルの戦前のステッカー。1930年開業で、「遼東ホテル」だったのは昭和20(1945)年までなので、その間に泊まったらしい。当時は1階が遼東百貨店で、2階から上がホテルだったそうだ。現在は「大連飯店(Dalian Hotel)」として、今でもこのステッカーに描かれている外観のまま営業中。


ホービルホテル

「ホービルホテル」 奉天

満州だった頃の奉天(現在の中国・瀋陽)にあったホテルのステッカー。満州の国旗がデザインされている。



山本旅舘

「山本旅舘」 朝鮮 京城 本町

戦前、京城(現在の韓国ソウル)にあった旅館のステッカー。当時は京城随一の老舗旅館と言われていたそうだ。



名古屋ホテル

「ナゴヤホテル」 哈爾浜

満州だった頃、哈爾浜(現在の中国・ハルビン)にあったホテルのステッカー。異国情緒たっぷりのデザイン。でも何故シルクロード・玄奘三蔵?



鴨丸

「鴨丸」 大阪商船

大阪・神戸-門司-大連の定期貨客船「鴨緑丸(おうりょくまる)」(7363トン)のステッカー。昭和12(1937)年就航で、陸兵輸送船として徴用される昭和19(1944)年までの間、大連航路を航行していた。一等喫煙室や植物模様のエッチングガラスで飾られたベランダがあったりと、優雅な装飾と当時の最新鋭設備を備えた船だったようだ。



花屋ホテル

「花屋ホテル」 牡丹江 駅前

満州だった頃、牡丹江(現在の中国・ムータンチャン)の駅前にあったホテルのステッカー。



五龍閣

満鉄直營 五龍背温泉 「五龍閣」

満州だった頃「五龍背温泉」にあった宿「五龍閣」のステッカー。「五龍背温泉」は中国・丹東の近くにある温泉で、ここも満州3大温泉の1つだった。今でも温泉施設があり、入浴する事が出来る。それにしてもこの頃の温泉マークは湯気を角ばって描くのもありだったようだ。



湯崗子温泉

「湯崗子温泉」

中国・鞍山の近くにある温泉「湯崗子温泉」の満州だった頃のステッカー。満州3大温泉の1つで、温泉がしみ込んだ泥の中に入る「泥浴」で有名。今でも温泉医療施設等がある湯治場として人気らしい。



北満ホテル

「北満ホテル」 哈爾浜

満州だった頃、哈爾浜(現在の中国・ハルビン)にあったホテルのステッカー。哈爾浜は今でもこのステッカーに描かれているような帝政ロシア風等の欧風建築物が多い町だそうだ。



うらる丸

大阪商船 「うらる丸」

大阪・神戸-門司-大連の定期高速貨物船「うらる丸」(6375トン)のステッカー。日本と満州の国旗が描かれている。貨物船と言っても旅客用のキャビンも備えていたそうだ。「うらる丸」は昭和4(1929)年就航で、帝國海軍に病院船として徴用されるまでの間、大連航路を航行していた。ちなみに大阪商船は現在の商船三井の事。



芙蓉ホテル新館

「芙蓉ホテル新館」 天津

戦前、中国の天津にあったホテルのステッカー。当時、天津では有名なホテルで、新館以外にも本館と別館の計3軒あったそうだ。



西冷飯店

「西冷飯店」 西湖畔 華中鉄道直營

中国の杭州・西湖にあったホテルのステッカー。西湖は風光明媚で名高い観光地なので、このホテルもリゾート型の優雅なホテルだったようだ。


國際ホテル

「國際ホテル」 朝鮮 清津

戦前、清津(現在の北朝鮮チョンジン)にあったホテルのステッカー。「日滿連絡最捷路」とある。清津は満州へ向かうルート上にある港町なので、当時は日本と満州を行き交う人々で賑わっていたようだ。



さいべりや丸

「SS SIBERIA MARU」 北日本汽船

戦前、北陸の敦賀から清津(現在の北朝鮮チョンジン)、羅津(現在の北朝鮮・羅先ラソン)を経由して、ソビエト連邦(現在のロシア)のウラジオストックへ行っていた北日本汽船の定期航路の貨客船のステッカー。満州へ向かうルートとして賑わったらしい。ちなみに「さいべりや」は「シベリア」の英語読み。



首都飯店

「首都飯店」 南京 華中鉄道直營

戦前、中国の南京にあったホテルのステッカー。このステッカーに描かれている建物は現在もそのままあるようだが、今は中国の軍関係施設になっているらしい。



亞細亞ホテル

「ASIA HOTEL」 哈爾浜

満州だった頃、哈爾浜(現在の中国・ハルビン)にあったホテルのステッカー。



満州航空1

満州航空2


「満州航空株式會社」

「満州航空株式會社」のステッカー。「満州航空株式會社」は昭和6(1931)~20(1945)年の間、満州の奉天(現在の中国・瀋陽)にあった航空社で、満洲国内各地や日本と満洲を結ぶ定期航空路等を持っていた。


瀋陽館

瀋陽館2


「瀋陽館」 奉天

満州だった頃の奉天(現在の中国・瀋陽)にあったホテルのステッカー。瀋陽が奉天と呼ばれていたのは1929年以前と1931~1945年の間だったそうだ。




新亞細亞ホテル

「New Asia Hotel」 上海 北四川路

中国の上海・虹口区にあるホテルの戦前のステッカー。1934年創業で、日本人経営の「新亞細亞ホテル」だったのは昭和14(1939)~20(1945)年の間だったので、その頃に泊まったらしい。現在は「新亜大酒店(New Asia Hotel)」として、今でもこのステッカーに描かれている外観のまま営業中。


松原ホテル1

松原ホテル2


「松原ホテル」 香港

香港の香港島・淺水灣(レパルスベイ)にあった「松原ホテル」のステッカー。
もともとあった木造の名門ホテルを戦時中、日本が接収し「松原ホテル」という名前に変えていたそうだ。その為、昭和17(1942)~20(1945)年の間にしか存在しなかったホテル。


エンプレス・オブ・ジャパン

「Empress of Japan」 Canadian Pacific

カナディアン パシフィック汽船の客船「エンプレス・オブ・ジャパン」の荷物ラベル。「SS」の欄に手書きで「Empress of Japan」と書いてある。「NOT WANTED」とあるので、預け荷物用らしい。
「エンプレス・オブ・ジャパン」は戦前カナダのバンクーバーから横浜や神戸を経由して香港へ行く北太平洋航路の定期客船だった。途中上海にも寄港していたようなので、おそらく神戸←→上海か、神戸←→香港で乗ったものと思われる。3本煙突に2本マスト、船首飾りもある白い優美な大型客船だったそうだ。


旅行鞄


松じいちゃんが戦前国外へ出かけた時に持っていった旅行カバン。乗った客船や泊まったホテルのステッカー等を貼りまくっている。しばらくはこのかばんのステッカーを紹介しようと思う。ただ、状態はあまり良くない物が多く、現在進行形で徐々にポロポロ細かく剥がれてきているのが残念。コーティング剤か何かで保護した方がいいんだろうか。


丹後鯣

「丹後鯣」 丹後舞鶴 布寺水産食料品店

丹後・舞鶴のするめのラベル。いかの描き方が面白い。


紙まゆずみ

「紙まゆずみ」 Tokyo Bisho-Kenkyusho

「Beauty of Eyes」紙まゆずみのラベル。ちょっとわかりにくいけど凸状加工がしてある。紙まゆずみってどんな物なんだろう?


干そば

信濃名産 「干そば」 梅枝商店

浅間温泉みやげのおそばのラベル。「日本アルプス 浅間温泉みやげ」の札がペタッと貼り付けてある。札の下にはそばの花が描かれている。


東京風月堂1

東京風月堂2


「精製 カステーラ」
大日本東京 京橋區南傳町風月堂 総本店 大住喜右衛門製

東京風月堂のカステラのラベル。株式会社と書いていないので昭和5(1930)年以前の物か?


東京風月堂木箱

贈答用の木箱のまま残っていた。ただし状態はかなり悪い。


Greay Sweat Absorber1

Greay Sweat Absorber2

「Greay Sweat Absorber」 Marquise Paris

直訳すると「脂汗吸収物」なので、あぶらとり紙か、汗取りパットのラベル?
丸に大のマークがあるので、大丸で販売していた物のようだ。


ミツカン清酢

「ミツカン清酢」 尾州半田 中埜本家

ミツカン酢の大正12(1923)年以前のラベル。「THE TABLE VINEGAR TAMANOI」五合入。


御園はきおしろい

「御料 御園はきおしろい」 東京 伊東胡蝶園

御料シリーズの白粉の1つ。はきおしろいってどんなものなんだろう?


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